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2012.02.09 (Thu)

孤独の中で愛を見る。―4―

 少女はいつも独りだった。
 予知夢が出来る少女は周りから重宝され、いつも人がいた。だが少女は独りだった。
 物心を付く前に両親が交通事故で死んだ少女を引き取ったのが、父方の弟だった。叔父には二人の子供がいて経済的に余裕はなかったが、それでも引き取る人がいなかったため渋々少女を引き取った。そのため家族は少女を邪険に扱った。両親共に少女への扱いは冷たかった。その姿勢を見ていた子供二人もまたそういう対象だと認識し、冷たかった。
 家の中に人がいても、少女は独りだった。
 そんなときに少女は夢を見た。叔父が骨折する夢だった。妙に現実的な夢だった。少女はそれを告げようか迷った。だが両親が死んだときちんと認識出来る年端の子供は愛されたという感覚がなかった。愛に飢えていた。だから告げた。ありのまま、夢を見たまま。それを話せば愛してくれると思った。だが叔父は気味悪がり、無視した。
しかしそれが的中した。それを最初叔父は気持ち悪がったが、何度も的中させるものだから、逆にそれを使えるのではないかと考えた。その時から掌を返したように家族は突然優しくなった。
 欲しいものを与え、欲しかった言葉をくれた。最初はそれで満足した。見てくれていると、頼られていると思ったから、満たされた。欲しかった愛情や、家庭が得られたと思った。
 だが次第にそれが利用されていると実感したのは、物心ついて少し経ってからだった。
 予知夢で利をなし始めた家族は優しかったが同時に、家族以外の干渉を嫌った。それは人に限らず、場所や時間も干渉してきた。他人からの干渉があっては能力に影響が出るだろうという配慮だった。友人を作りたくても金にならない縁は断ち切られ、周りの人間もまた先が読めるという能力の少女を嫌煙したり、好奇な目で見ていた。必要以上に家から出さず、隔離にした。部屋はいつも何か豪華になっていたが、常に独りだった。食事も一人だった。一度家族四人で食事をする姿を見て一緒に食べたいと言ったが、「お前は特別だから駄目だ」と言われた。その後に食べた夕食の味は少し塩っぽかった。
 家族が家にいるのに独りでいる気分だった。家族は優しく笑いかけているはずなのに心に届かなかった。本当の両親が死んだ時より、独りであると自覚した。
 光の届かない闇でずっと独り。誰とも交わらず、誰とも心通わさず、ずっと独りだと思った。それと同時に己の能力をひどく恨んだが、この力がなければ昔の様に邪険にされ、優しい言葉も笑顔も与えてくれなかったと思うと、複雑だった。能力を心から恨むこともできないが、今の現状を幸せだとは思えなかった。
 生温く、深い闇が身体を覆う。己の輪郭さえも見えない闇が蝕む。
 そんな静寂や寂寥、失望、渇望を抱きながらずっと独りで生きて行くだろうと思えた。

 
 そして少女が高校生になったとき、少女の力を欲し少女を攫おうとする輩が増えた。少女の力で大金を手に入れることが出来た家族は家を改築し、警備も厳重にしていたが、それでも学校へ行く最中や学校にいるときは隙があった。未遂ではあるが、何度か攫われそうになったことがあった。
 そのため叔父はボディーガードを雇うことにした。二十四時間常に一緒のボディーガード。男は表情が硬く必要以上に話そうとはしなかった。男の事は一切何もわからなかった。ただ男が己を守ってくれることしか分からなかった。だがそれでも別に構わなかった。男がどんな人間であるかなど、どうでも良い。ただ金で雇われた人間など興味はない。男もまた、ちゃんとした己など見ていないのだから。
 そんなとき、少女を良く思っていない女子生徒に呼ばれて頬を殴られた。何かされるだろうと思っていながらも呼ばれた場所に向かったのは、ただの気分だった。何も変わらない人生の少しの刺激だった。少し腫れた頬を見て普段感情の揺れがない男が少しばかり驚くと、頭を下げて謝った。そして上着のポケットからハンカチを出した。男の言動に理解できず、少女は苛立ち交じりに何故謝るのか問うと、男は、私は貴方のボディーガードだと真面目に答えた。気の利いた言葉一つ言えない、真面目すぎる言葉に少女は馬鹿らしくなり、出されたハンカチを受け取った。
 そして帰宅すると、頬を殴られた事実を知った叔父はひどく男を野次った。女子高の学校で常に警護することなど無謀だというのに、それを無視して叔父は男を叱り、手をあげた。素人がボディーガードに手をあげても効果はないとわかっていても、理不尽に叱られる場面を穏やかに見ているほど神経は太くなかった。叱るなら私に叱ってと、発したが、悪いのはこいつだ、と叔父は詰った。
 そしてボディーガードを交換させられた。男と共にする時間は短かったが、男といる時間が嫌ではなかったと気付いたのは、新しいボディーガードになってからすぐの事だった。新しいボディーガードの男は少女の機嫌をとろうと必要以上に話をしてきた。前回の理不尽な解雇があったからだろうが、それにしても機嫌をとろうとするから少女は鬱陶しくてたまらなかった。己の周りにいる人間とそう変わらない人種であると深く思った。そう思うと、最初の男は機嫌を取るどころか、会話もろくになった。それでも居心地悪いと思わなかったのは、多分今までいた人間とは違っていたから。面白い話も出来ない、愛想も良くない、優しい言葉の一つも言えない人間など周りにいなかった。新鮮だった、と居なくなって気付いた時、見覚えのない女子生徒に体育館裏に呼ばれた訪れた時、突然背後から手が伸び、何か嗅がされた。そして意識が消える前に誘拐されるのだと冷静に判断した。

 そして暗い空間で聞き覚えのある声が己の名を呼ぶ。それに気づいた少女はゆっくりと目を覚ました。すると目の前には解雇したはずの男がいた。男は大丈夫ですか?と少女の身体を抱き寄せながら問いかけた。表情はいつもと変わらず、鉄面皮だったが、ひんやりと汗をかき、頬にはいくつかの掠り傷と血が滲んでいた。

「どうしてこんなところにいるの? 貴方は解雇されたじゃない。もしかして叔父の命令で戻されたの?」
 立ち上がり周りを見渡すと、地面には踞った男たちが並んでいた。きっと誘拐した男たちだろうと、冷静に分析しながら男をまじまじと見た。ぬばたまの瞳で男を冷ややかに見つめる。
 すると男は感情ののらない言葉で淡々と答えた。
「私は宗助様ではなく、貴方と契約を結びました。なので、私は貴方の意志で動きます。貴方が危険な状態に陥れば守るのは役目です」
 静かに答える男を少女はフッと嗤った。
「何言ってるの? 分かった、そんなこと言ってまた私のボディーガードにしてくれるよう叔父に取り入ってほしいんでしょ? きっと他の仕事より羽振りも良いだろうし」
 喉の奥を鳴らしながら嗤うと、男は厚い唇を開いた。
「貴方がどう思っていても構いません。ただ私は貴方に仕えるまでです」
「貴方馬鹿じゃないの? 意味わかんない・・・・・・」
「私も理解できません・・・・・。でも――――・・・・」
 淀みのない真っ直ぐな言葉で告げた男は知っていた。
 少女の置かれた状況が。少女の能力によって邪険にされたり、妙な媚びを売られたり、反感をかったり、少女が普通の女子高校生では置かれないだろう状況下にいることを悟った。それを知ったとき、最初は同情を抱いた。だがそれ以上の感情は抱かなかった。興味もなかった。仕事は仕事と割り切っていた。それにそれ以上の感情を抱く前に、少女は強かった。少女はその現状を嘆いてはいなかった。逆に周りのものを下に見ていた。
 少女は何に対してもドライだった。冷ややかで、感情を動かすことのない少女だった。少女の二回り上の大人に対しても、つんけんとし、見下していた。同級生に陰口を叩かれても、少女は子供がすることだといって嗤った。高級官僚や政治家、医者などが集うパーティーに呼ばれた際も成金上がりだと嘲笑されたが、少女は気にしていなかった。
 だがそれは少女の強がりなのだということを使用で少女の部屋に訪れた際に知った。
 ある夜、少女が泣く声が聞こえた。風に消えていきそうな小さくか細い声だったが、それが紛れもなく泣き声だということを察した。
 何に対して泣いているのか分からない。それでもあのプライドの高い少女が泣いているのだ。そう思っただけで、必死に強くあろうとする少女に対して何とも言えない感情を抱いた。
 その感情がなんなのか分からない。もしかしたら同情の延長線上なのかもしれない。それでも以前より、否以前とは何か違った形で傍にいたいと思っている。

「貴方だと思いました」
 男は視線を反らさず少女を見た。
 男の射貫くような強い眼差しに少女は次の言葉が言えずにいた。
 もっと詰ってやろうと、馬鹿にしてやろうと、嗤ってやろうと思った。だが男があまりにも真面目に見つめ、真面目に言葉を発するものだから、苦い感情が舌の上で転がる。それでも嫌悪を抱くことはなかった。胸がくすぐったい。
「・・・・分かった。叔父にはもう一度戻して貰うように伝えます。でも私の命令は絶対です。何があっても私に逆らっては駄目です」
「はい」

「じゃあ、今すぐ死ねって言ったら死んでくれるの?」
 長年胸に燻り続けている悪態を嗤いながら叩く。
 すると男は小さく首を振った。

「それは聞けません」
 迷いなく答える男に少女は声を上げて嗤った。
 みんなやはり気休めの言葉で慰め、安っぽい感情で包み込もうとする。
 男もまた周りの人間たちと一緒だったのか。
 少女は愉快になる。
 だがこみ上げる嬉々の感情とは別に、苦く重い感情が過ぎる。それがなんであるか考えるのも馬鹿らしくて、少女はふっくらいとした唇を緩める。

「やっぱりね、」
「私が死んだら貴方を護ることが出来ません」
表情が凍った。
「それ以外のことであれば聞きます」
 少女の機微までも見つめるように男は真っ直ぐと少女を見て、答えた。
 言葉が止まる。
 全ての五感が停止する。
 この男は一体何を言っているのだろう、何て馬鹿なことを言っているのだろう。何て気障なことを言っているのだろう。
 この男の言葉がどうして、こんなにも、

 (嬉しいのだろう―――――・・・・・・・・・)

 こんな陳腐で、安価な言葉が胸に染みるのだろう。今までだって言われたことのある言葉なのに、胸が揺らぐ。熱く解れる。眼球が熱く、喉が痺れる。瞳に水の膜が出来る。指先が震える。感情が揺さぶられる。
 気がつくと少女は泣いていた。

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